たまりば

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2016年08月05日

おばさんがたしな


「ファルドーの所だと? いったい何のために」
「わたしたちはあそこにいろいろ置いてきたものがあるのよ。おとうさんに追い立てられるようにして出ていったおかげで、ろくな荷造りをするひまもなかったんですもの」あまりにも事務的な口調で言われたので、ガリオンは即座にそれが単なるいいわけにすぎないことを悟った。ベルガラスのきっと上がった眉も、老人が彼女のいいわけに満足していないことを語っていた。
「寄り道をするにはちと時間が足らんぞ、ポル」老人は指摘した。
「それくらいの時間は十分にあってよ、おとうさん。じっさいそれほど遠いわけじゃないわ。せいぜいあなたたちに数日遅れをとるだけよ」
「そんなに重要なことなのか、ポル」
「ええ、そう思うわ。わたしのかわりにエランドのめんどうを見てくださるわね。あの子をファルドーへ連れていく必要はないから」


「わかった、好きにしろ」
 にわかづくりの防衛軍が命令どおり右を向こうとして、いっせいに武器に蹴つまずいてよろめくさまをじっと眺めていたセ?ネドラの唇から、美しい鈴のような笑い声がもれた。笑いさざめく皇帝の宝石を見るポルおばさんの表情は変わらなかった。「それにもうひとり連れていきたい人がいたわ、おとうさん」彼女はそうつけ加えた。
 セ?ネドラは居心地のいいフルラク王の宮殿にまっすぐ行かないことを知るや、頑強に抵抗した。だがポルおばさん相手にはいかなる抗議もむだだった。
「あなたのおばさんは、今まで人の言うことを聞いたことなんてあるのかしら」小さな王女はポルおばさんとダーニクとともにメダリアへ向かう道すがら、ガリオンとくつわを並べながら不平を言った。
「おばさんはいつだって、人の言うことにはちゃんと耳を貸すよ」ガリオンは言いかえした。
「でもこうと決めたら絶対にゆずらないでしょ」
「そりゃ絶対にというわけじゃない。でもちゃんと人の言うことは聞いてるよ」
 ポルおばさんは二人を振り返って言った。「頭巾をかぶりなさい、セ?ネドラ。また雪が降りだしたわ。濡れた頭で旅するわけにはいかないでしょう」
 王女は何かを言いかえそうと、とっさに息を吸いこんだ。
「やめといた方がいい」ガリオンが小声で忠告した。
「だけど、わたし――」
「おばさんは今議論をするような気分じゃないんだよ」
 セ?ネドラはガリオンをにらみつけたが、おとなしく頭巾をかぶった。
 その晩、メダリアに着いたときもまだ雪がちらついていた。あてがわれた宿を見たセ?ネドラの反応はおおよそ想像がついた。彼女の怒りかたには特有のリズムがあることを、ガリオンは知っていた。決して最初から声を荒らげたりはせずに、しだいに声のオクターブをあげて印象的なクライマックスに持っていくのである。だがちょうどそれを始めようとしたとたん、彼女は突然さえぎられた。
「高貴な血筋を見せびらかすにしては、ずいぶん変わったやり方だと思わない?」ポルおばさんは落着きはらった声でダーニクに話しかけた。「ガリオンの昔の友だちがこれを見たら、さぞかしびっくりするでしょうね」
 ダーニクはあやうく吹きだしそうになりながら横をむいた。「まったくおっしゃるとおりですよ、ミストレス?ポル」
 セ?ネドラは口をあんぐり開けたまま、ぴたりと長広舌をやめた。ガリオンは彼女が突然静かになったのを見てあ然とした。「わたしちょっとはしたなかったみたいね」しばらくしてから王女は言った。その声はすっかり平静に戻り、しとやかささえ感じられた。
「少しばかりね」ポルおばさんが言った。
「どうか許してね、みなさん」少女の声は蜜をしたたらせたように甘やかだった。
「それはやり過ぎというものよ、セ?ネドラ」ポルめた。
 かれらがエラトに向かう大きな道路をそれて、ファルドー農園に続く小道に入ったのは翌日の昼すぎだった。朝からガリオンの興奮はいやがうえにも高まり、ほとんど爆発寸前だった。目に入る道しるべも、木も、植えこみも、すべてなつかしいものばかりだった。あそこに見える鞍のない馬に乗っている男は、ファルドーの頼みで使いにいくクラルトではないか。なじみの背の高い木に囲まれた切り開きや、くもの足のように分散する排水溝を見たとたん、ついにかれはがまんできなくなった。ガリオンは馬にひと蹴りをくれると、柵をひらりと越え、雪のなかではたらく人影に向かって疾走した。
「ランドリグ!」ガリオンは馬をとめると鞍から滑りおりながら叫んだ。
「どちらさまですか」ランドリグは驚きのあまり目をぱちくりさせながら聞いた。
「ランドリグ、ぼくだよ――ガリオンだ。ぼくがわからないのかい」
「ガリオンだって」ランドリグはさらに目をぱちぱちさせながら、かれの顔にじっと見入った。やがて曇天からさしこむ弱々しい陽ざしのようにゆっくりと目に輝きが戻ってきた。「いや、間違いない」ランドリグは驚いたように言った。「おまえは確かにガリオンだ」
「そうだ、ぼくだよ。ランドリグ」ガリオンは叫び、前に出て友の手をとろうとした。
 だがランドリグはあわてて手をひっこめて、後ろに飛びのいた。「だめだ、ガリオン。そんなことをしたらおまえの服が汚れちまう。おれは泥だらけなんだぞ」
「服のことなんてどうだっていい。ぼくらは友人だろう、ランドリグ」  


  • Posted by ガリオンのおかあ at 16:11Comments(0)